先日の土曜日、アルテピアッツァ美唄で安田 侃氏とお話をする機会がありました。
ちょうど今、新しい作品の設置と、一般の方を対象に「心を掘る授業」をされていたということもあり、
美唄に戻られていたのです。
ちなみに新しい作品はいかれたことがある人はわかるかと思いますが、喫茶の上の丘です。
今までのを撤去して新たに30tの重さの大作がおかれました。
(写真をとればよかったんですが、ちょっとデータの拡張子の関係で添付できないのが残念です。
近々UPいたします。)
安田氏曰く
「人や動物に近寄らせないテリトリーが個々にあるように、作品にもあって、そのテリトリーの
範囲も持っている作品のパワーによって違うんです。だから今回の作品をあそこに置くと、今までの作品
は一緒にしておくと死んでしまうので撤去したんです。」
とのこと。
納得です。
他にも色々な話をしました。ヨーロッパでのこと、ヨーロッパの学校のこと、地域のこと…
時間にして1時間ほどでしたが、お忙しい中時間を作っていただきお話しすることができました。
大変気さくで愉快な方で、もっとお話を聞きたくなりました。
同時進行で「心を掘る授業」をされていたのですが、その様子も拝見しました。
そのちょうど終わりの時にこんな話をされていました。
「その日の作業の終りに、作品を触りながら、次の日はここを直そうという場所を見つけるんだけども
そのままにしておくと次の日にはわからなくなってしまうから、僕は見つけた場所に【意心帰】と書くん
です。意図するの意、そして心、そして帰っていくの帰。これは造語です。こうしようああしようという思
いが、心が作品に帰っていくという意味です。」
なるほどなぁ・・・ いい言葉だなぁ・・・ と思って聞いておりました。
その後、どうしても聞きたいことがあってちょっとだけ安田氏とお話をしました。
それは私がやっている「自分の形・心の形(3年生)」のことでです。
(今年は1月7日から予定していますが・・・新型インフルのおかげで授業がままならず作品数が…
ちょっと大変なのです)
私の授業の取り組ませ方の中でずっと心に引っ掛かっていたものがあったので、相談したんです。
事細かに書くと長くなるので安田氏の一言を載せておきます。
「一瞬は永遠であり、永遠は一瞬でもあるのです。人の一生など、宇宙の歴史に比べれば瞬きにも
ならないほどの一瞬ですから」
その言葉で何か引っかかっていたものがスッと晴れました。
今、卒業生の担任なので入試業務に追われたりとバタバタですが、こんな時間がひと時でも過ごせて
良かったなと思う自分なのでした。